遺言書があれば・・・ 佐藤健宗
先週、依頼者のOさんの裁判が和解で終わりました。案件の概要は、Oさんご夫婦が、遠縁の親戚(少なくとも法定相続権はない)であるAさんの老後を懇切丁寧に看取られたが、財産についての遺言がなかったため、Aさんの法定相続人に対して死因贈与契約に基づいて遺産の一部の引き渡しを求めたというものです。
Oさんの誠実な看取りは、実の子どもでもなかなかここまではできないもので、私自身も心を動かされました。そして生前Aさんは、Oさんご夫婦に対し「私が死んだ後、私の財産はすべてあなたがたにあげるから」「遺言書も作っておくから」と繰り返し言っておられました。但しOさんは、財産目当てでAさんの老後の面倒をみているわけではないという思いをもっておられたので、遺言書の内容まで調べることはしませんでした。
Aさんの死後、確かに遺言は出てきました。その遺言書には、Oさんに対する感謝の言葉から始まって、埋葬の方法まで詳しく書かれていましたが、肝心の遺産(財産)を誰に相続させるかということが書かれていませんでした。Aさんにすれば、繰り返しOさんに説明し、自分の兄弟にも説明したからわざわざ書面に書くまでの必要はないと考えたのかもしれません。
するとAさんの法定相続人(Aさんのご兄弟)が、これまでほとんどAさんの面会にも来ていなかったのに、相続権を主張し、さらにはOさんへの財産の移転も拒否するようになりました。
Oさんは、Aさんが生前、自分の財産をOさんに渡すという約束は間違いなくあったとして、裁判をすることにしました。私たちの事務所では書面ではないが、口頭での死因贈与契約があったと判断し、Aさんの法定相続人に一部の遺産の引き渡しを求めて裁判を提起しました。裁判ではOさんの誠実な人柄もあって、丁寧な看取りも認められ、Aさんの遺産のうち一部をOさんが取得することで和解が成立しました。
Oさんにとって十二分に満足のいく結果とはいえませんが、遺産の取得について書面での遺言がなかったことからすれば、十分に評価されていい結果だと思います。それにしても、きちんとした遺言さえあれば、としみじみと思った案件でした。
遺言をつくることは他人事ではありません。どなたかに対する感謝の気持ちを形にして残すことも含めて、とても大切な営みなのです。
弁護士 佐藤健宗(兵庫県弁護士会明石支部)